会長の部屋
CHAIRMAN'S ROOM
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JICPAジャーナル(第一法規出版) 平成11年12月号原稿
日本公認会計士協会常務理事 渡辺俊之
1、はじめに
2、会計制度の変化
3、中小企業政策の変化
4、公認会計士協会の事業計画の変化
5、公認会計士個人のライフスタイルの変化
6、世の中の変化と経営研究調査会の役割
JICPAジャーナル(第一法規出版) 平成11年12月号原稿
日本公認会計士協会常務理事 渡辺俊之
「会計が分からんで経営がわかるか!」という思いで書かれた京セラ・稲盛和夫氏の「実学」がベストセラーになっているのをご存知だろうか?
すべての経営者が、企業経営の原点である「会計の原則」を正しく理解していたら、バブル経済とその後の不況も、これほどまでにはならなかった筈である、と説いている。
「………前略………、日本の経済界が塗炭の苦しみの中に喘いでいるとき、経営のあり方を見直し、抜本的な対策をとろうとした経営者は何人いたのか?……中略……
成熟経済下で、複雑なグローバル経済に組み込まれた状況にもかかわらず、多くは不良資産を隠し、業績の悪化を繕うことに努めてしまった。そのため日本の企業経営は、その不透明さ故に国際的な信用を失い、多くの不祥事を生み出すことになったのである。」
稲盛氏の「実学」の前書きである。計算技術的な「会計の原則」ということでなく、企業経営の原点という視点の重要性に着目したい。
会計を後追いの仕事としか考えない経営者。あるいは会計の数字は自分の都合のいいように操作できる、と考える経営者。一方「会計は利益を生み出す源である」と未来志向で考える経営者、そして会計の尊厳性と社会性とを十分に理解している経営者とでは、自ずと企業の先行きに差が生ずるのは明白である。
行政ビックバンの起爆剤の役目を果たしている日本型金融ビックバン。その進行過程で当然に引き起こされる会計ビックバン。
退職給付会計、税効果会計、連結会計、自己査定、減損会計………。わが公認会計士業界のみならず、経済界全体を巻き込んで、会計ビックバンの荒波に翻弄されている。
しかし経営者が、これら会計の計算技術的な激変に翻弄されると経営者の会計に対する基本姿勢を狂わせることになる。
コーポレートガバナンスだの、コンプライアンスだのといった難しい議論は大変に重要だが、誰のための経営なのか、後追いのための会計でなく「利益を生み出す源」としての会計という視点が重要である。
つまり会計を企業経営の原点としての視点で捉えるならば、公認会計士業界はマネジメント・コンサルテイング・サービス(MCS業務)分野にさらにその視点を注ぐべきである。こういった視点がないと会計の社会性や尊厳性そしてコーポレートガバナンスやコンプライアンスを説いてみたところで説得力が無い。
平成11年版の中小企業白書は、「経営革新と新規創業の時代へ」を副題としている。国の中小企業施策も、「弱い企業の保護」から「伸びる企業の育成」へと大きく転換しつつある。
中小企業政策審議会(首相の諮問機関)では最近、中小企業法改正の中間答申をとりまとめた。答申では「多様で活力ある中小企業の育成」を政策目標に創業やベンチャー企業育成に力を注ぐべきだと提言している。
さらに「中小企業基本法」が次期臨時国会で改正され、同法で定める「中小企業者」の範囲が拡大されることとなる予定である。この改正で中小企業者が12、000~15,000社増加し、今まで受けられなかった中小企業に対する特別融資や、税制の優遇措置の恩恵によくすることとなる。
中小企業庁による新規開業・雇用創出支援指導事業や中小企業技術革新制度(日本版SBIR)、ベンチャー予備軍発掘・支援事業、創造的中小企業創出支援事業等々中小企業支援の施策は目白押しである。
そして中小企業の経営革新のための支援策として「中小企業経営革新支援法」が本年7月よりスタートしている。
公認会計士は従来にも増して、MCS業務の比重の高まりとともに、その専門的知識を生かして、中小企業の指南役(あるいはコーチ役)を担うことが期待されている。
昨年までずっと掲げてきた事業計画の中に「すべての会員が監査に関与し得るための施策」とあったのであるが、今年はそれが削除され「より多くの会員がそれぞれの特色を発揮した業務に関与し得るための施策」と変化した。
また従来の「個人事務所、共同事務所、監査団及び監査法人が協調して監査を実施し得るための施策」は「公認会計士及び監査法人が協調して業務を実施し得るための施策」と変化した。
小規模監査事務所に対する協会の対応を見ると、個人で監査業務を行える環境からますます離れてきている。
小規模監査事務所が仮に外観基準のみで倫理規則違反とされ、公認会計士法により与えられた公認会計士個人が監査業務を行う権利を侵されたと嘆いてみても、それに抗う環境でなくなっている。
しかし今年度当協会の事業計画の変化は、すべての会員が監査業務に関与するための施策を放棄したと捉えるべきではない。
公認会計士が財務諸表監査以外で活躍している分野は実にさまざまである。MCS業務、税務業務、保証業務等々、それ以外にもありとあらゆる分野で活動している。
したがって監査業務以外の部分の業務開発にさらに力点を移しつつあるというふうに捉えたい。
公認会計士試験の難関さと、自由職業人としての自由奔放性、職業としてのブランドイメージ、経済的安定性そして業務自身の持つ社会性等々からまだまだ将来性の高い職業として社会一般から評価をかろうじて受けている。
しかし、制度25周年のころ3次試験に合格した私共の世代と違い、2次試験に合格すると、監査業務の実務経験は大監査法人で、そしてそのまま法人勤務で定年を迎えるというライフスタイルを多くの公認会計士が送ることになった。
職業人としての自由性をどこに求めるかは難しい問題であるが、少なくても定年後の去就を案ずる現実は、2次試験受験生の期待を裏切るものである。
国内外の複雑な経営経済事象そしてそこから派生する会計事象に直接的にかつ広範に接し得るのは、他の関連士業の中でも我が公認会計士をおいて他にはない。
このように公認会計士個人の能力に磨きをかけられる環境を、監査業務の中だけで終わらせてはならない。
次の世代を担う我々の後進に、期待を裏切らせないためにもまた優秀な後進を他業界に流失させないためにも、監査業務以外の業務特にMCS業務に力点を置くべきといえる。
この秋、中小企業政策審議会が、「21世紀に向けた中小企業政策の在り方」を答申し、中小企業を「弱者」でなく、「日本企業のダイナミズムの源泉」と位置付け、ベンチャー企業や新規事業の創出支援策として、今後5年間で、年間に開業する企業数を現在の14万社から、24万社に増やし、100万人の雇用を創出することなどを目標に掲げている。
このような世の中の変化の中で、日本公認会計士協会の経営研究調査会では、本年7月に研究報告第8号として「ベンチャー企業及び中小企業の育成に際しての課題とその解決策について」を答申した。ベンチャー企業の成長ステージごとの経営課題をピックアップし、ベンチャー及び中小企業の指南役を担っている公認会計士が、経営者に対してどのような解決策を提示すればよいかを、報告している。この他個別テーマとして、キャッシュフロー経営をさらに一歩進めた「資金のかんばん方式」の「キャッシュポジション経営」の提言や、経営者の権限委譲についても検討した。
また、本答申を取りまとめる過程で、「中小企業のための「経営革新」入門―実践ビジネスプラン作成キット―」(通商産業調査会刊)のCD-ROMの監修を依頼され、研究テーマとも関連すること、及び研究報告第6号でも「ベンチャー企業支援、特に経営技術などのノウハウ提供による支援のためのソフト開発など、ツール開発を行う」としていたことから時宜に適したものとして協力を行った。
中小企業の真の経営相談相手に最もふさわしいのは公認会計士をおいてない。
社会の発展に対して、我々公認会計士がどんな貢献をしてきたのか。監査、会計ばかりでなく経営に対して主体的に、(社会)貢献する研究開発を通した実践が当経営研究調査会に求められている。
当調査会では、現在以上のほかに環境報告書や環境会計の問題(環境監査専門部会)、海外のMCS業務に関わる資料紹介(FMAC:フアイナンシャル・アンド・マネジメント・アカウンテイング・コミティ専門部会)、そして公認会計士の新たなるサービスとなるかもしれないアシュアランス業務であるウェブトラストの問題(電子商取引専門部会)に取り組んでいる。